マッド

「それは、ワシに文句があるちゅうことか?」
電話の向こうで、稲葉さんの声が低くなる。
「いえ、スンマセン。最近、自分の運が最悪なのでつい苛立ちまして」
「口には気をつけんかい、電話やなかったら手が出るとこやで」
あわてて低く出る俺に、容赦なく上から目線の言葉。
一瞬、頭に血が上るが理性で怒りを必死に抑え込む。
今の自分の立場で、稲葉さんを怒らせるのは非常にまずい。
「・・・まぁ、間宮に運がないのは確かやな。昔の羽振りからは想像もつかんわ」
「はい・・・」
稲葉さんがトーンダウンしたのを聞いて、自分も完全に落ちつく。
運がないのは十分に分かっているので、そこに怒りは感じない。
「まぁ、せやから気分転換せぇちゅうこっちゃ。周りも小うるそうなってきたことやしな」
「スンマセン、ご迷惑をおかけします」
受話器越しに、丁寧に頭を下げておく。
「話の通り、飛ぶのは今週の土曜日や。わしも同行する。先方への謝礼や、両替とかあるからな」
「何から何までありがとうございます、本当に」
「じゃ、また連絡するわ」
あっさりと電話が切れられる。
緊張の糸の切れた俺は、ケータイを握ったまま椅子にもたれて脱力した。


去年までの俺はこんなではなかった。
チーム上がりだった俺は、楽して金を稼ごうと下の人間を組織化して振り込め詐欺団を結成。
運が良かったのか面白いようにカモが引っ掛かり、わずか1年で億を超える荒稼ぎとなった。
派手な遊びをつづける毎日で、まさにこの世の春を謳歌していたんだが。
転落は突然だった。
「上客」の一人が自殺をしちまいやがって、警察の捜査が非常に厳しくなった所に、強盗で捕まった末端のボケが詐欺団のことを洗いざらい吐いちまいやがった。
仲間を切り捨て、金を持って逃げたのはいいものの、狭まる捜査網に途方に暮れる俺。
そんな苦境を救ってくれたのが稲葉さんだった。
「間宮、ワシの盃を受けろ。おまえは見どころのある奴や、サツから守ってやるからワシの下で動け」
その筋でも頭脳派として名をあげていた稲葉さんに誘われ、俺は一も二もなく飛びついた。
これでまた、馬鹿から金をむしり取れる生活に戻れると思って。


しかし、現実はそんなに甘くなかった。
新しい仕事に慣れたころ、稲葉さんから「簡単やろ」と話を回された大物の不動産詐欺で大失敗。
騙すどころか逆に二束三文の土地を購入させられてしまい、詐欺の残金をすべて吐き出してしまった。
騙されたと気づき取引相手に怒鳴りこみに行ったところ、
「ケーサツにあんたのことを知らせたよ。振り込め詐欺のこととか困るんじゃないの?」
と脅し返され、ほうほうの体で逃げ出してくる羽目になった。
ちくしょう、どこから俺の前の仕事がばれたんだ!?
実際、身辺に警察の気配がし始めたので稲葉さんに相談したところ、高飛びの手配を取ってくれたのが昨日の話。
まったく、本っ当についてないぜ・・・
ま、いつまでも腐ってても仕方ないし、新しい河岸で一儲けしてまた日本に戻るとするか!