信じられるものは新聞

放心していると、玄関のチャイムが鳴った。惰性でドアを開けると、そこに立っていたのは昨日の羽手しなもんさん?だった。新聞、見たんだけど・・・と絞り出すように言った私に、彼女がうつむきがちに答えた。「私、昨日は羽手しなもんと名乗りましたが嘘なんです。私は妹の羽手菜ぴぐもんと言います」

立ち話で済む内容でもなさそうなので、私は彼女を家に上げ、お茶を出した。「昨日、行方不明だった姉の遺体が発見されたと警察から連絡があったんです」彼女がぽつぽつ語るのを、私はゆっくりと聞く形になる。「私は動転してしまい、現場に早く着くことばかりを考えていました。姉の車に乗り、無意識に飛ばしていたようです。それで、あの交差点であなたに追突をしてしまいました。その時考えたのは、『こんなところで時間をかけられない!どうすれば!』といった自分勝手な焦りでした。そこで突然に思いついたのが、有名人である姉の名前を利用することです。さいわい私は双子ということもあって姉と顔が非常によく似ていますし、姉がダッシュボードに免許証と名刺を置いていることも知っていました。有名人であれば、逃げないことを信用していただけると思って。そのためにあなたを混乱させることになってしまい、本当に申し訳なく思っています」

疑問が氷解し、私は大きなため息をついた。ぴぐもんさんがバックから封筒を取り出す。「重ね重ねの無理で本当に申し訳ないのですが、もう一つお願いを聞いていただけないでしょうか。今夜が妹の通夜となり、明日は葬式、さらには遺産や印税関係の処理と、これから非常な多忙が予想されます。正直に言いまして、警察に行って事故手続きなどをとる余裕がないのです。一日たってもあなたの体に異常はなさそうですし、車の修理費ということでこの100万円をご笑納いただきまして、事故を無かったことにしていただけないでしょうか」100万は車の修理費にしては大きすぎる額だ。私は話をクローズすることを承諾、修理後に余ったお金は返却すると申し出たが、「迷惑料としてお納めください」との彼女の言葉に折れることになった。

彼女に免許証のコピーと一筆を返却。これで、この話はおしまい。もう彼女と会うこともない。なんとなくもやっとしたものを胸に、私は修理費の余りの使い道を考えることにした・・・